カテゴリー「India/Nepal/Burma」の12件の記事

屋久猿ゴーズTOコリウッド('09年始編)

'08年12月28日~'09年1月6日の10日間、タイ・バンコク経由にて南インドを巡る。前回‘屋久猿ゴーズTOコリウッド('08年末編)’記事でインド・チェンナイ、南インド映画&音楽を紹介。今回はマハーバリプラムタイ・バンコク。更には北インド映画タイ本タイ音楽について。

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【写真左より】'09年1月1日、マハバリプラムを歩いて散策。有名なクリシュナのバターボールはシカゴ32:ストーン・オブ・シシファスのような岩。バターボールの裏側を見ると名前の由来が分かる。何とも不思議な切り口だ。正月のためか、インド人観光客ひっきり無し。世界遺産であるファイブ・ラタ。1300年以上も前に作られたドラヴィダ建築寺院の基本形5タイプで、実物大インド象もある。すべてが1枚岩から切り出されたというから驚き。

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【写真左より】ドラウパディー・ラタにて、インド人観光客になぜか「子供の写真を撮ってくれ」と頼まれた。「ブログに載せるね」と言ったら親も子供も大喜び。マイナー・ブログなのに申し訳ないような。近くの岩陰にひっそりと母犬が横たわっていて、2匹の子犬が母乳を飲んでいた。夜、例によってバスターミナル裏のスタラサヤナ・ペルマル寺院で古典舞踊を見る。無料。

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【写真左より】翌日、近くの食堂でポンガルを食べる。右のスプーン、もちろん使ってません。食べ終わると勝手に追加が来るが、お代わり無料。腹いっぱいで3杯目を断ったら、従業員が目をギラギラさせて「もっと食べろ~」。Mahabalipuramのビーチからベンガル湾のおだやかな波を眺める。夜8時、チェンナイ空港行のバスに乗るためターミナルへ。深夜零時発のタイ航空機は、1月3日朝5時にバンコク・スワンナプーム国際空港到着。

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【写真左より】PCゲストハウスに1年振りチェック・イン。人懐っこい猫は‘マレー半島縦断の旅(前編)’記事でも登場。長期バックパッカー(外こもり?)が多いが、みんなノートPCを持ち歩いていて、テラスで無線LAN電波を傍受。これがホントのPCゲストハウス…。夜、ヤワラーはウォンウィアン22カラカダーの「北京飯店(スワニー)」で晩飯。‘今池「糸満」の思い出、天使の都に甦る’記事も参照下さい。翌日、スクンビットはサミティヴェート病院向かいにある「鎌倉山」にて。‘ビルマとタイの桃源郷(後編)’記事にちょっとしたエピソードを書いた。

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【写真左より】前回記事でインド・チェンナイの「Mango n Tango」を紹介したが、こちらは本家本元、サヤーム・スクエアの「Mango Tango」。マンゴ・シェイクが美味しい!翌1月5日、カオサンは「ミスターワッタナーの10バーツ・ラーメン屋台」。10年前から来ているが、今でも10バーツ。後述するジミー金村氏の本に詳しい。カオサンからプラトゥーナームに移動、バイヨーク・スカイのジュニア・スイートにチェック・イン。ルームメイドが「連れ込みの際はベッドメイクするので呼んで下さい」…。

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【写真左より】ホテルの展望台からバンコクを一望。写真中央上は民主記念塔、その右奥はカオサン通り。BKKに思い出が多い人ほど楽しめる展望台。ビッグC手前の屋台街でさとうきびジュースを飲む。日本ではマイナーな砂糖キビ絞り機。ビルマやインドでも多く見かけた。部屋の夜景。アマリ・ウォーターゲートやパンティープ・プラザ、伊勢丹、ビッグCが見える。前日までのPCゲストハウス(1泊260円)とはどえりゃー違い。

▼△▼ヒンディー映画、タイ本、タイ音楽の紹介▲▽▲

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「VRASAT(ヴィラサット)~愛と宿命の決断~」は'97年のヒンディー映画、'00年にムンバイストリートから日本語字幕付DVD発売。その存在を知ってはいたが、入手したのは最近。主演はアニル・カプール(Anil Kapoor)、この人のシリアス演技は初めて見た。 魔宮の伝説男‘モラ・ラム’こと故アムリシュ・プリー(Amrish Puri)も出演。

「KOYLA(コイラ)~愛と復讐の炎~」も同じく'97年のヒンディー映画、アメリカ盤だが日本語字幕付。以前に日本の代理店ムンバイストリートが発売したものと同じ原盤と思われる。主演はシャー・ルク・カーン(Shahrukh Khan)、マードゥリー・ディークシト(Madhuri Dixit)にモーラ・ラム。シネスコ・サイズの左右をトリミングした映像が惜しい。

女流監督ミーラー・ナーイルの「その名にちなんで(Namesake)」は、'06年印=米合作。前回記事で紹介した「Don ドン-過去を消された男('06)」と並び、'08年国内リリースされた数少ないインド映画DVD。どちらも傑作で、インド映画マニア以外にもお薦めしたい。「モンスーン・ウェディング」同様、ミュージカル・シーンはない。そういえばアイシュワリヤー・ラーイ(Aishwarya Rai)主演の「Chokher Bali」もダンスが無かった。日本語字幕付ヒンディー映画については、‘怪しい日本語字幕付ヒンディー映画DVD’記事も参照されたし。

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「バンコク電脳地獄マーケット(クーロン黒沢著)」は'98年に徳間文庫より出版。彼の文章は毒あるが、愛情がそこはかとなく感じられる。ヤワラーは北京飯店(スワニー)のカシ丼、ジュライ・ホテルはポンちゃんのエピソードが良い。時代背景はカオサン興隆前夜、マレーシア・ホテルやヤワラーに不良日本人が跋扈していた頃か?

「表も裏もまるかじり タイ「極楽」ガイド(青山正明・吉永嘉明著)」は'00年に宝島社文庫から発行。青山正明氏が命を絶ってもう何年になるだろうか?彼は‘外こもり’先駆けのような…。

「タイ様式(前川健一著)」は'01年、講談社文庫より。取材を重ねて丁寧に作り込まれた記事が良い。やや学術肌だが、東南アジア・ジャンルの書き手として個人的に一番好きな作家。

「バンコク カオサン食いたおし読本(ジミー金村著)」は'03年に双葉社から出版。カオサンについて詳しく書かれているが、たった5~6年しか経っていないのにガイド本としては古い。が、資料価値は高く読み物としては良い。

「バンコク バス路線図」は'99年DACOから発行。画像は'07年版。前述のジミー金村氏による手書きコピー「ジミー君バス・マップ」がカオサンを中心に出回った事があるが、それを発展させたのがこのバス路線図。しかし僕が持っている'07年版は既に使えない。簡単なタイ語会話と文字を覚えた方が効率良いかも?

「外こもりのススメ(安田誠著)」は'08年、幻冬舎より。日本を降りる人、日本社会に適性なく海外で外こもりをする人は自分の知っている範囲にも存在。しかし‘オレって外こもりの適性、まったく無いなぁ…’と逆に感じた本でもある。著者がバンコク日本人殺害事件の被害者と知ったのは最近の事。冥福を祈ります。

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Air Suchawadee(แอร์ สุชาวดี)の「Sao-hiser(สาวไฮเซอร์)」は、'04年3月の1st以来、何と4年半振りの新作。前作は‘極私的映画40選’記事や‘メコン街道:2008 Odyssey Two’記事で少し触れた。Music Trainというレーベル、知らんなぁ。1stはSureからリリースされていたが、今回も典型的なタイ演歌(ルークトゥン)アルバム。

TVドラマ「Dao-jarus-fah(ดาวจรัสฟ้า)」サントラはSureレーベルより'08年12月リリース。主演と歌はBenz Pornshita(เบนซ์ พรชิตา)とFon Tanasoontorn(ฝน ธนสุนทร)という大物の組み合わせ。女優やモデルとして活躍のベンツ・ポルンチタは別として、フォン・タナスントーンが女優業にまで進出していたのが驚き。在タイ中にTVで番組を見たが、子持ちの老け役だった。主人公はBENZだな、たぶん。

同じく「Dao-jarus-fah(ดาวจรัสฟ้า)」サントラで、こちらはカラオケVCD。第1集はベンツ、第2集はフォン・タナスントーンが表紙を飾っている。リケイ(タイ伝統舞踊劇)をテーマにしたTVドラマというと、自分はGotとTongの傑作サントラを思い出す。工業生産的ヒット狙いのGMMと違ってSureレーベルは一般に地味な演歌アルバムが多く、良く言えばタイ田舎味で素朴、悪く言えば退屈。2枚組はボリューム有り過ぎ。

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「Silk」は'08年12月リリース。Kob Saowanit、Panatda、Mod 3G、Zita、Kaew ZaZaという中堅?歌姫5人による企画アルバム、VCD未発売。作曲はスイス人Renzo Selmiで、タイ語詞2曲と英語詞8曲という構成。あまり期待せずに購入したが、意外にも作り込みしっかり。なぜこのアルバムを拙ブログで取り上げたか分かった人は、次の2枚を取り上げる理由も分かると思う。

4人組ロックバンドZEALの「4REAL」DVD。通常の音楽CDについては既に‘ビルマとタイの桃源郷(後編)’記事で取り上げた。‘命尽きて(หมดชีวิต)’大ヒットや、ゲスト・ボーカルBuachompoo Fordの結婚等は皆さんご存知でしょうから割愛。'08年の極私的タイ音楽アルバムBEST2はこの「4REAL(ZEAL)」と「บัตรเชิญของความคิดถึง(Earn the Star)」だ。この2枚があれば他はどうでもよい(暴言)。

DVD「Malang Rock Day 4 Rock Monsters」、VCDは4枚で供給されたハード系ロックのコンサート・アルバム。目玉はZEALとCLASHだが、その他大勢組のバンドも凄腕揃い。ブア・チョンプーはならなかったが、KALとZita Zalaiがゲスト参加。それにしても何だな、KALが歌い終わった後は「彼女セクシーでしょ、美人と思うか~い、みんな。」とMCが盛り上ったが、Zitaの時はスルーかい。

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SEVENの「LIVE in Bangkok」は'01年に3枚組VCDとしてリリースされていたものが奇跡のDVD化。僕が最もタイ・ポップスにハマっていた時期なので思い入れたっぷり。ニコルやトンを聴かなければ、一生アイドル音楽とは縁が無かった。白状してしまうなら、クラシックや洋楽を聞いていた頃はアイドルおたくを馬鹿にしていた。それが今では(以下省略)。

「Grammy BEST of the YEAR 2008」DVD。…かつて‘シンサムカン’というHNまで持っていたのにDa Endorphineに心動かず、‘芋’も‘鳥’も‘大きい尻’にもピンと来ない自分、音楽不感症になってしまったか?…でもKALは気に入った。‘セクシーKAL、スワイ・チャイマイ’…顔は似ていないが、往年のトン・パカラマイ風。

「RS BEST of the YEAR 2008」。かつてはCDとVCDのみの供給で、DVDリリースは2008年が初めて。12曲目Four Modの「La-lai(ละลาย)」はBakeryレーベルのNieceやTriumphs Kingdomみたく懐かしい音。14曲目Milaの「Rak-na-kae-khae-ni-chop(รักนะแก...แค่นี้จบ)」もコテコテのアイドル・ポップ。15曲目Faye Fang Kaew(เฟย์ ฟาง แก้ว)の「Phom-rak-khun(I LUV U)」はBua Chompoo & AB Normalの「Yah-tum-hai-chun-ruk-tur(อย่าทำให้ฉันรักเธอ)」と映像が被る。まあ、ただマリオネットなだけだが…。

屋久猿ゴーズTOコリウッド('08年末編)

'08年12月28日~'09年1月6日の10日間、タイ・バンコクと南インドを巡った。今回はチェンナイ南インド映画&音楽を中心に、次回‘屋久猿ゴーズTOコリウッド('09年始編)’記事ではマハーバリプラムやタイ・バンコク、タイ本や音楽などについて紹介。

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【写真左より】巷では僕を温泉キャンプ好事家とか東南アジア限定アイドルおたくと勘違いしている人も居るようだが、実は知る人ぞ知るインド好き。そんな天竺本の一部を紹介。'08年12月28日、タイ・バンコク。地下鉄「ホイクワン」駅近くの「ソンブーン」にて、太った親友&痩せた親友とディナー。その後タニヤの日本人カラオケへGOっ。タイ文字の曲リストより自ら選曲、タイ歌ばかり歌う我々は最凶の客?翌29日朝、睡眠不足と二日酔いの頭を押さえ、スワンナプーム国際空港からタイ航空にてインド・チェンナイへ。機内食はタイとインド料理が合体、香ばしい匂い

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【写真左より】チェンナイ空港を出ると、客引きは一人しかおらず拍子抜け。北と違って南インドは放置プレイが基本か。タクシーに乗って約1時間でChennai(Madras)中心部に到着。「カーンチー・ホテル」に2泊、僕以外はすべてインド人客。宿から歩いて10分、ショッピングセンター「スペンサー・プラザ」館内。「Music World」と「Land Mark」という2つのCDショップでDVDやCDを漁る。翌30日、オートリキシャに乗ってカーパーレーシュワラ寺院へ。胡散臭そうな運転手だったので、にわか仕込みのタミル語と英語でコミュニケーション。

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【写真左より】ところが着いたのは、より近いパルタサラティ寺院。「ここは違う」と気が付いた時は既に遅し。やられた~。しかしオレの語学力って…?パルタサラティ寺院で日本人パッカー、丹羽君と出会う。再びオートリキシャに乗り、今度はホントにカーパーレーシュワラ寺院到着。ドラヴィダ様式の建築、ゴープラム(塔)が立派。寺院の池には大量の鯰。神様の使いなので大切にされている。誰だ!「ます」と読んだのは…。その後、丹羽君と映画館前でチャイを飲んで別れた。

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【写真左より】シネコン「Sathyam Cinemas」にて。巨大な女優プリヤンカの胸間…じゃなかった看板が目に飛び込んだ。が、その映画「DOSTANA」はヒンディー(北インド)映画。やっぱタミル映画にこだわりたいので、知らん婆さんSilambarasanのアクション映画を鑑賞「Mango n Tango」って、何処かで聞いたような名前。本家本元は次回記事に登場。この店のシェイクも美味しかった。1杯15~20ルピー。翌12月31日、長距離バスの集まるセントラル・モフジール・バスターミナス。アルファベット表記案内が無く、タミル文字の洪水。

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【写真左より】バスで約2時間、マハバリプラム(Mahabalipuram)に移動。時期が時期なだけに、上位候補に挙げていた宿はすべて満室。何とか潜り込めた「Bharath Guest House」は、「Siva」と「Lakshmi」という2つの有名宿にはさまれた中級ゲストハウス。バスターミナル裏、スタラサヤナ・ペルマル寺院の古典舞踊。年末年始は連日のようにコンサート開催。指定席(100ルピー)以外は無料。新年を迎えたビーチ、Sea ShoreとSantana Beachレストラン。年末年始をタイ以外で迎えたのは、'02年のネパール・ポカラ以来。

▼△▼インド映画&音楽メディアの紹介▲▽▲

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今回チェンナイで見た映画、主演Silambarasanの「Silambattam('08)」サントラCD。1、Silambaattam/2、Nallamdhana/3、Machaan Machhaan/4、Vechikkava/5、Where is the partyの全5曲収録だが、何といっても「Where is the party」。館内でもノリノリの大騒ぎ。映画冒頭、「リトル・スーパー・スター」のロゴがラジニカーントのアレと全く同じとは…。

元祖スーパー・スター、ラジニカーントの映画「Kuselan('08)」サントラCD。1、Cinema Cinema.../2、Sollamma Sollamma/3、Om Zaarare/4、Chaaral.../5、Perinbaの全5曲。DVDもリリースされているようだが、店員にPOS検索してもらっても見つからなかった。ホントはラジニの新作映画封切りに合わせてチェンナイに来たかったが、そういう訳にもいかず。

「Hits of Rajinikanth Karaoke」、まさかインドに存在するとは知らなかったカラオケCD。VCDじゃないので映像は無いが、ジャケットに‘Free Lyrics Booklet’とあり一安心。…と思ったらタミル文字。ボートラに、ラジニと関係ない映画「Kandukondain Kandukondain('00)」の名曲「Kannamouchchi Yaenada」収録(‘インド夜想曲’記事にて紹介)。

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「A.R.Rahman-One Love('07)」音楽CD。タージ・マハールにインスパイアされたアルバムで、ボブ・マーリィとは全く関係ない。ヒンディー語、タミル語、マラヤム語、テルグ語、カンナダ語、ベンガル語の6ヴァージョン。坂本教授の地雷撲滅ソングを彷彿とさせるメロディー。

「Unnikrishnan Classical Vocal」音楽CDは、南インド古典のカルナティック(Carnatic)アルバム。自分はウンニクリシュナンの大ファンなのだ。1、Re Re manasa/2、Ika Thalalenura/3、Sadananda/4、Ksheerasagara/5、Paramapurusha/6、Sri Balasubramaniamの全6曲。

ウンニクリシュナンの同名別アルバム。1、Sambho Mahadeva/2、Hechcharikaga Rara/3、Bhavapriye Bhavani/4、Jaya Jaya Padmanabha/5、Kannarakandene/6、Yakkinir Daya/7、Rama Rama/8、Thillanaの全8曲。しかし、あれだな。カルナティック音楽を映像無しでアルバム1枚まるっと聞くのはちと厳しい。他にも20種類ほど売られていたが、根こそぎ購入しなかったのは正解かも。

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■映画「En Swasa Katrae('99)」AP社製'06年インド盤DVD、主演Arvind Swamy。映画については‘極私的映画40選’記事や‘インド夜想曲’記事で触れた。今回ゲットしたDVDは再発売、16対9スクイーズのリマスター・ノートリミング映像、ステレオ・ドルビーに加えDTS音声収録。それに英語字幕付。この映画を知って9年、ようやくストーリーの全貌を理解できた。以前に「本編のトンデモ度が浮いている」などと書いてゴメン。当時「記録的な大失敗」と報じられた映画だが、CDショップには大量のDVD。再評価されているのか?と気になり店員に尋ねたところ、「ベルィー・フェイマス」の一言。いい加減なインド人めっ!

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■こちらは'00年にゲットした映画「En Swasa Kaatrea('99)」Pyramid社製'99年シンガポール盤DVD。トリミングされており、モノラル音声かつ英語字幕無し。日本では以前、海外サイトを使ってですら南インド現地盤DVDを入手する方法はなく、止むなくシンガポール盤とかU.K.盤、U.S.盤DVDで溜飲を下げていた。主役アラヴィンドスワーミ「ダラパティ 踊るゴッドファーザー('91)」でラジニカーントの弟役を演じてデビュー。「リトル・スーパー・スター」のネーミングは彼にこそふさわしいのじゃないのか?と、関係者には小一時間問い詰めたい気分だ。画像は、タージ・マハールと並びインドが世界に誇るA.R.ラフマーンの超名曲「Thirakkaatha Kaattukulle」

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■上記の「Thirakkaatha Kaattukulle」舞台となったHogenakal Falls(ஒகேனக்கல் அருவி)は、他にも色んなコリウッド映画に登場。当初、今回の旅で行く予定だったが、インドもしくはインド風美女と一緒に行かないと意味が無いと気が付き中止。画像左は映画「Kannathirae Thondrinaal('98)」「Kanave Kalaiyathe」「JEANS 世界は2人のために」で知られるPrashanth主演。ヒロインはSimran。「Thirakkaatha Kaattukulle」と同じくウンニクリシュナン(Unnikrishnan)とチトラー(Chitra)が歌う。★画像右は日本語字幕付DVDがリリースされた映画「Rhythm('00)」冒頭シーン、踊っているのはArjun。A.R.Rahman作曲。「ムトゥ 踊るマハラジャ」で有名なミーナ(Meena)がヒロインを演じたという点でも見逃せない逸品。

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■チェンナイで見なかったヒンディー映画「DOSTANA('08)」、DVDが出ていたのでしっかりキープ。ボートラ付2枚組399ルピー、英語字幕あり。ヒロインのプリヤンカといえば、地元名古屋では圧倒的に「ボンベイtoナゴヤ(‘インド夜想曲’記事参照)」だが、残念ながら同名別人。このプリヤンカの美しさは、A.I.つうかレプリカントつうかキャシャーン(以下省略)だが、踊りは上手い。AOR風バラード「Khabar nahi」も良いが、Shankar MahadevanとSunidhi Chauhanが歌う「Desi girl(Native girl)」に悶絶。部屋で20回ほどリピート再生していたところ、家の者が「今度のシカゴ、曲いいね」。…帰国後の連休で再会した旧友にも同じ事を言われた。シカゴがバングラ・ビート刻むかっ!とも思ったが、ファルセットがそれらしくもあり。シカゴ32:ストーン・オブ・シシファスに収録されていてもおかしくない(ほんまかいな)。ゴー・ウエストの「キング・オブ・ウィッシュフル・シンキング(←タイトル大好き)」っぽくもあるが…。阿弥陀部婆ちゃんの息子かつ哀愁の旦那、アビシェーク主演。参考までにYoutubeのリンク貼ります。

「Desi girl」

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■映画「Don ドン-過去を消された男('06)」は、次回記事で紹介するミーラー・ナーイル監督の「その名にちなんで」と並び、'08年に日本でリリースされた数少ないインド映画DVD。主演は北インドの織田裕二シャー・ルク・カーン。特筆すべき点は、上述した「En Swasa Katrae」Isha Koppikar「DOSTANA」Priyanka Chopraが共演している事。ダンスが致命的なアラヴィンド・スワーミと組んだ時は無問題だったイーッシャ・コッピカルも、プリヤンカ・チョプラと並んで踊ると無残。傑出した出来の「Don ドン-過去を消された男」は、ただその一点が悔やまれた。しかし、映画ラストでは見事な存在感。イーッシャ・コッピカル、やっぱり素晴らしい。

★最後に、全てが明らかになった名曲‘Thirakkaatha Kaattukulle’の歌詞を掲載。英訳そのまま、とも思ったがスルーされると悲しいので日本語訳しました。恐らくというか間違いなく本邦初公開。Youtubeのリンクも貼っておきます。

「Thirakkaatha Kaattukulle」

遥かな森で、生まれる前の子供になった/まるで野生の鹿のように、恥ずかしさは消え去った

ああ、蝶々よ、蝶々!飛び回っている蝶々!/こっちに来てキスをして!/谷のあちこちを飛んで/ああ、さえずる孤独な鳥よ/教えて、都会の生活は森のそれに似合うものでしょうか?

空はとっても近い/この世界は天国だ!/僕らは森の風になった/もしドキドキするのなら/もし眩い眠気が訪れるなら/僕らは花の上で居眠りする子供になるだろう

森は風に何を教えてくれるでしょう?/大地のささやきは何を教えてくれるでしょう?/真実を話してくれますか?/ああ、そうね/緑の芝生に虹がかかる/そこにあります/虹か、鮮やかな羽根でしょう/きっと美しい羽根でしょう/虹が羽ばたいているのでしょうか?

美しい微笑みは何処にでも/心に触れて目は開く/雲のような森を愛して/僕らは再び蘇る/目を閉じて、そして愛だけに想いを馳せよう

花とあなたの手で目覚めさせて/風に乗せて秘密のメッセージを伝えて/あなたの気持ちを伝えて/この足で家を出ます/そこにあります/いいえ、家の無いかたつむり/家の無いかたつむり/住処を変えましょう

新しい生活が待っている/人々は戸惑っている/都会を出よう/森に移ろう/ああ、君よ、胸をときめかせて!

(翻訳:屋久猿)

ビルマとタイの桃源郷(後編)

'08年8月10~17日の8日間、ビルマ・チャイントォンやタイを巡った。前回‘ビルマとタイの桃源郷(前編)’に続き、今回はタイ編。

≪バス・ターミナルからチェンライ行2等バスに乗る。途中で検問、国境近くのエリアではお馴染みの光景だ。タイ人はIDカードを見せなければならないが、日本人顔の僕は大抵フリーパス。しかし今回は英語で声を掛けられた。かつて中国を旅していた時もそうだったが(‘中国の歌姫’記事参照)、検問チェックで警察官が話しかけてくる時はいつも英語だ。

何処に行く」、「メーサロンです」、「ウ~イ、田舎だな!中国語はできるんか?」。…タイ語で返事をすると警官は何故か嬉しそうに笑い、「チョークディー(幸運を)」と言って去って行った。30分後、バン・パ・サンでバスを降りる。ここからはソンテウ(乗り合いトラック)に乗り継ぎ、秘境メーサローンに向かう。かつてチェンマイからメーホーンソンまで向かった道を彷彿とさせる、タイでは珍しいThe long and winding road♪

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【写真左より】バン・パ・サンの交差点にあるメーサローン行ソンテウ乗り場。メーサローンに到着した後、村を歩くと息を飲む風景に出会った。同じくメーサロンの風景。陽射しは強いが風が涼しい。

≪メーサロンに来たのは初めて。山間にある小さな村には幾つもの安宿があったが、ソンテウは新生(シンセン)ゲストハウスの前で止まった。人懐こくて英語が堪能なオーナーが部屋を案内してくれる。シャワー、トイレ共同の部屋は何とたったの50バーツ(170円)。トイレとホットシャワー、TV付のバンガローは200バーツ。

宿には複数の白人客。それに日本人が一人、オヤビンさん。かれこれ9泊しているそうだ。メーサロン村の雰囲気や宿の心地の良さは瞬時に僕も理解。オーナーは白人やオヤビンさんとは英語で話していたが、僕とはタイ語。でも村の人とは中国語で話していた。先の警官が「ユースピークチャイニーズ(キャンユースピークチャイニーズではない)」と聞いてきた理由がわかった。≫

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【写真左より】山奥の村なのに、コンビニがあるメーサロン。かつて国民党の残党が中国から逃れてきた。だから中国語の看板や茶店も多い。夜のShin Sane GHバンガロー。空気は旨いが夜は寒い。

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【写真左より】メーサロンのタラート(市場)は朝5時から賑わう。豆腐も売られていた。‘キング・オブ・インセクト’、カブト虫も。ソンテウに乗ってメーチャンへと向かった。メーチャンからは2等バスで1時間揺られ、チェンラーイへ。

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【写真左より】チェンライで知り合ったイギリス人とナイト・バザールへ。‘メコン街道:2008 Odyssey Two’記事で触れたアーン・ザ・スター(เอิร์น เดอะ สตาร์)の名曲‘Ror-tum-yang-nun-kub-ter(รอทำอย่างนั้นกับเธอ)’が演奏され、不覚にも涙。チムチュムを食わされた挙句、訳の分からんタイ演歌に泣く日本人に、彼女は軽く殺意を抱いたかも知れない。翌日、VIPバスでチェンマイへ。夜はナイト・バザールで踊りを鑑賞。タイ人美形ペアが操演していたマリオネット(人形劇)。

≪バンコクはWTC「伊勢丹」に‘鎌倉山’という日本料理店があった。オーナー(日本人女性)には兄がいたが若くして亡くなる。僕と顔が瓜二つだったらしい。そんな逸話が縁でタイ・バンコクに行くと必ず行っていた店だが、エンポリアム方面に移転。今回、店を探したものの、移転した‘鎌倉山’を見つける事は出来なかった。(追記:'09年1月に訪問。‘屋久猿ゴーズTOコリウッド('09年始編)’記事参照。)

あきらめてBTSに乗り、プラトゥーナームにある本日の宿へ。すると車内で僕の名前を呼ぶ声!名古屋のシーファー(タイ料理屋)仲間だった。3年前にセントラル・ワールド・プラザ前で偶然に会った事もある。因縁のリンチョーとサイアム・パラゴンで高級昼飯を食った後、ネット屋でメール・チェック。8年前にカオサンで知り合った功一○○7が偶然バンコクにいる事が分かり、カオサンへと向かった。≫

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【写真左より】チェンマイから天使の住む都クルンテープへ、格安航空エア・アジアで飛ぶ。カオサンのPCゲストハウス近くにて、関東に住む旧友小野間○○7と再会。「番外編」'08年8月23日、かつてPCゲストハウスで知り合った仲間と名古屋市緑区で集会。左より下等ダイソーインチキ左党嬰児コースケなむた~んK子西森Cozy功一○○7。その後、池田公園のシーファー~バンコクなどをハシゴ。実名も素顔もブログに晒してOKなカップ、との事だがワシ知らんぞぅ。

今回購入したタイメディア(その2)

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★TVサウンドトラック「ラーイ・リサヤー(ร่ายริษยา-Rai Rissayar)」。以前‘TONGとBENZとZITA(タイ)’記事で触れたベンツ・ポーンチタ(เบนซ์ พรชิตา-Benz Pornshita)の最新CD。幾つものTVドラマ収録曲をかき集めたサントラだが、基本的にはルゥークトゥン(タイ演歌)。ベンツの歌う2曲目‘マイ・チャイ・ルーン・バーン・エーン(ไม่ใช่เรื่องบังเอิญ)’目当てで購入したが、他にもエーム(Amp)、ブアチョムプー、ZaZa、ランナー・カミング、Aof Pongsakといった実力派が参加。

★'08年8月16日にリリースされた4人組ロックバンド、Zealの4作目「4Real」。かつて「19」や「21」といったメロディアス・ハード・ロック時代のシカゴ(‘CHICAGO40周年記念カキコ’記事その他参照)、デフ・レパード、ガンズ、ナイトレンジャーなどの白人系男性ボーカルバンドを好んで聞いていたので、琴線に触れた。タイで似たような系統の男性ロックバンドとして、Potato、Kala、Big Ass。ボーカルが変わる前のSilly Foolsも素晴らしかった。

2曲目‘命尽きて(หมดชีวิต)’はゲストの女性ボーカルがエモーショナル。誰だ、彼女?クレジットを見るとบัวชมพู ฟอร์ด。…ぶぅあちょむぷぅ ふぉーど、ってBuachompoo Fordか!こりゃ驚いた。4曲目‘(ดาว)’はMr.Bigみたい。ラスト10曲目‘プローイ(ปล่อย)’はFeat.Zita Zalai,Pang Kwankawというクレジットが見逃せない。タイ・ポップスではなくロックを歌うZita Zalai、はまり過ぎ。エンハンスドCDになっていて、パソコンで‘’と‘命尽きて’のビデオが見られるが、Youtubeで使われているflvフォーマット。'08年9月20日にVCD及び珍しくDVDもリリースされており、DVDはボーナス・トラックも収録。

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★Grammyのオムニバス・アルバム「Easy Lovers」。フィリップ・ベイリー&フィル・コリンズとは関係ない。‘やーぱいタイランド’記事で紹介したJZJの曲が4曲、それに‘TONGとBENZとZITA(タイ)’記事で紹介したKoh Mr.Saxman Feat.Zita Zalaiの超名曲‘クラブ・カム・シア(กลับคำเสีย)’も収録。JZJのアルバムは既に入手困難なので、「Easy Lovers」を見つけたら速攻でゲットしなさい(命令調)。

アルバム3曲目は‘メコン街道:2008 Odyssey Two’記事で紹介したタイの傑作ホラー映画「Body(ボディ..ソプ#19/บอดี้..ศพ#19)-'07」のテーマ・ソング、‘Kid-tung-tur-tuk-tii-tii-yuu-kon-diyow(คิดถึงเธอทุกทีที่อยู่คนเดียว)’のKoh Mr.Saxman Feat.Jennifer Kimヴァージョン。つうかこれがオリジナルらしい。他にもAnn Thitima、バード、メーウ・ジラサック(Nicoleの元旦那)、ナット・ミリアなどの大御所も収録されたお得な2枚組アルバム。

★同じくGrammyレーベルからリリースされた「Beautiful Day 1」。Ada apa dengan Cinta?とは関係ない。バード(Bird)、Aof Pongsak、エーム(Amp)、パーミー(Palmy)、Da(エンドルフィン)、ボー・スニタ(Beau Sunita)、Rose Sirinthip、Nat Myria、シーター・サーライ(Zita Zalai)、Potato、アイス・サランユ(Ice Saranyu)などの名バラードを、すべてインストゥルメンタルで収録。いわゆるカラオケ・トラックとは違う。「Beautiful Day 2」という続編も出ているが、どちらもCDリリースのみ。VCDは存在しない。

ビルマとタイの桃源郷(前編)

'08年8月10~17日の8日間、ビルマ・チャイントォンとタイ・メーサロンを巡った。今回はビルマを、次回‘ビルマとタイの桃源郷(後編)’記事ではメーサローンを紹介する。

≪セントレアからキャセイ機で飛び、バンコク・スワンナプーム空港に夕方着。タイ航空国内線に乗り換え、同日夜8時過ぎにチェンマイへ。ここまでは5月旅とまったく同じパターン。前回はアジアの歌姫ゆかりのインペリアル・メーピン・ホテルだったが、今回泊まったのはポーンピンタワー。海外サイトで事前予約したので安かった。部屋は広いし清潔だが、ディスコが併設されているので低周波振動が煩い。

翌朝、トゥクトゥクでチェンマイ・アーケード(長距離バスターミナル)に向かう。しかしメーサーイ行直行バスは夕方まで満席。仕方ないのでチェンラーイ行に変更。それでも4時間後のV.I.P.バスしか空いてなかった。チェンライから2等バスに乗り換え、ビルマとの国境の町メーサイに着いたのは夕方5時半。国境ゲートの隣にあった中級ホテル「トップ・ノース」に泊まる。路肩のフットマッサージ屋、どこも1時間79バーツと安い。≫

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【写真左より】チェンマイ長距離バスターミナル脇にあった食堂。「鶏のカオソーイ」とタイ語で書かれている。「カオソーイって何ですか?」というアナタ、拙ブログの過去記事を今すぐ読むべし。チェンライからのメーサーイ行2等バスにて。タイ女性客のリュックに書かれている日本語、思わず口に出して読んだ。メーサイの夜。写真中央の5階建ビルがTop North Hotel。ファン付シングル1泊300バーツ、エアコンなら500バーツ。

≪イミグレは朝8時前にオープン。さっさとタイ出国手続きを済ませ、ビルマ側タチレクへ。ビルマ入国はこれが4度目である。入国審査官に「チャイントンに行きたい」と告げると、隣のオフィスに誘導された。パスポートと写真3枚と入国税US10ドル、手数料50バーツを差し出すと、後はすべてこの代理店がやってくれる。パスポートをイミグレで預け、代わりに滞在許可証をもらう。最大14日間滞在可能。国境からソンテウに乗り、5キロ離れたバスターミナルへ。そこからチャイントーンまでは長距離バスで5時間、320バーツ。≫

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【写真左より】ビルマのイミグレでパスポートを預け、代わりに受け取った滞在許可証。当然、同じ場所に戻らなければならない。Tachileik~Kyaingtongの長距離バス広告。全指定席のエアコンバス。8年前にビルマ国内を巡った時、どこもオンボロ・バスだった事を考えると隔絶の思い。タチレイのバスターミナル。ビルマ人は親日派が多いのか、いつも誰かが話しかけてきた。タイ語もよく通じる。

≪タチレイ発チャイントォン行のバスは朝9時昼1時と1日2便運行。車窓からの風景は典型的な東南アジアの山岳地帯だった。検問ゲートがやたらと多く、普段は旅行者に見せない軍事国家ミャンマーの暗い顔を垣間見る。バスは途中2回のトイレと食事休憩を挟んだほか、中国国境方面へと一直線。昼2時にチャイントーン到着。バスターミナルは市場のすぐ脇、町の真ん中。歩いて5分のSam Yweat Guest Houseにチェック・イン。2ヶ月前にも僕の父がタイ/ラオス/ビルマをバックパッカー旅行、チャイントンでこの宿を利用。≫

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【写真左より】チャイントーンへ向かう道中の検問所。タイと違うのは、検査官が直接あれこれ僕に質問をしてこない事。チャイントンで泊まったサム・イェート・ゲストハウス。1階の部屋はトイレ・シャワー共同でUS5ドル。2階はトイレ・ホットシャワー付でUS10ドル。Golden Banyan食堂で昼飯(1000チャット)。ついでにMyanmar Bearも。ラオスと並んで東南アジアで最も美味しいビール。

≪昼飯の後、チャイントォンを散策。辺境の村をイメージしていたが、思っていたより町は大きい。インフラは遅れているが、ひと通りの物は手に入る。CD屋を見つけ、早速ビルマの音楽CDやVCDを購入。町を観光の後、宿に戻るとKさんという日本人に出会う。ヤンゴンから飛行機で飛んできたそうだ。Kさんは僕と同じ名古屋市在住。近くの中華料理屋で晩飯を一緒に食べる。「店は終わりです」と夜9時に追い出されたが、町は真っ暗。星がやけに近くに見える。宿までの道が分からず、懐中電灯を持たずに外出した事を後悔。≫

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【写真左より】ノントゥン湖を歩いて一周。大きな木がそびえ立っていたので、後で麓まで歩いていった。湖を歩いているとワット・チャンインの風変わりな大仏様がじ~っとこちらを見つめていた。宿の従業員に「旨い飯屋は何処ですか?」と聞いて教えてもらった中華料理屋。Kさんも「今までビルマで食べた中で、一番美味しかった」とお気に入りの様子。

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【写真左より】朝市でカレーとナンを食べる。ドリンク込30バーツ(約100円)と店員は言ったが、隣の客が「500チャット(約50円)のはずだ」というので500チャット札だけ払った。市場は朝6時頃がピーク。東南アジアの田舎は夜も朝も早い。だから僕も早寝早起き。少数民族がたくさん来ていたが、これじゃ多数民族だ。朝8時のチャイントン発長距離バスに乗り、昼1時にタチレクに戻る。

旅は‘ビルマとタイの桃源郷(後編)’記事へと続く。

ビルマの音楽CD

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4年前にタチレクでビルマ音楽メディアを探した時は、タイ音楽の違法コピー物ばかりで現地物は皆無。しかしチャイントォンでは購入に迷ってしまう位にローカル音楽CDやVCDが多かった。タチレイ-チャイントン間のバスの中でもビルマ音楽VCDをず~っと再生していたので、どんな音楽が流行しているのか分かった。ほとんどが欧米ポップスのカヴァー、ビルマ語ヴァージョン。

ビルマの幻想、ミャンマーの幻惑’記事で紹介した音楽VCDも未だ売られていた。この国の音楽消費サイクルはゆっくりで、隣国タイの使い捨て乱発とは対照的。写真で紹介した3枚はすべて音楽CDだが、CD-Rによる供給。他にも何枚か購入したが、どれも似たような伝統音楽。ビルマ文字は読めないので、歌手の名前も曲目も分からない。日本でビルマ音楽について紹介しているサイトも少ない。

今回購入したタイのメディア(その1)

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Punch(พั้นช์)の最新コンサートVCD。僕が帰国する直前、DVDもリリースされたらしい。実はデビュー・アルバムから全部購入しているが、ベスト盤を除いてすべて人にあげてしまった。パラポン兄貴(พลพล)とコンビを組んだ時の曲は良いが、ピンで歌うと今ひとつパンチに欠ける(ギャグか?)。今回のVCDを見てパラポンが結婚した事を初めて知った。その報告をする時のパンチの表情がいささか微妙。そんなところはちょっと可愛いが、個人的に彼女の声はあまり好みでない。ゲスト出演している前述のパラポン(‘シンサムカン~大事なこと’記事も参照)やボー・スニタ(โบ สุนิตา)は昔から好きな歌手だが…。

★‘あーちゃりやー・ぶっさばー’記事で以前に紹介したフォン・タナスントーン(ฝน ธนสุนทร)の新作「เรียกที่รักได้มั้ย」。今年1月にリリースされていたのをようやく購入。Fonの最新作は2枚組のベスト盤2セット、すなわち計4枚のベスト・ヒット集だが、ボリュームがあり過ぎて購入を見送った。1曲目「アーイ・チャン(อายจัง)」はワンパターンなアップテンポ・ルークトゥン。VCDで映像を見ると頭が痛くなる。秋葉原のメイド喫茶ですかっ!興味のある人はようつべでググッて欲しいが、Fon TanasoontornがNeko JumpやFour-Modの向こうを張ってどうする。…と文句を言いつつ、たぶん次回の訪タイでは4枚のベスト盤も買ってしまうような。

★映画「L Change the WorLd」は'08年に公開された邦画で、「デスノート」のスピンオフ。未知のウィルスが猛威を振るうタイ北部の山村から始まる。村では「ターイレーウ」と「チュアイドゥアイ」という言葉がしきりに飛び交う。いきなりタイ語かっ!突然現れた飛行機から投下された爆弾でその村は焼き尽くされ…。アフリカと東南アジアの違いこそあれ、ここまでは映画「アウト・オブ・アフリカ」…じゃなくて「アウトブレイク」冒頭とクリソツ!そして日本語は話せないのに何故か日本語なまりの英語を話す諜報員Fは、ウィルス抗体を持つタイ人少年を主人公Lの元へと託して壮絶な死を遂げる。

田舎育ちなのに英語を理解、というかタイ語ができない雰囲気を醸し出しているタイ人少年、こうして日本にやってきた。対するLはデスノートで契約された残りの23日間、英語にフランス語、スペイン語を駆使して世界中の難事件を解決。凄いぞL、というか松山ケンイチ。そんな語学堪能なLだがタイ語はできなかった。タイ人少年とLのコミュニケーションは英語、う~む不自然。他にもテロリスト達が日本からアメリカに高飛びしようとする空港がドンムアンだったり、飛行機はかつて全面運休していたOne-Two-Goだったりと、タイ好きが見たら悶絶するシーン続出。

圧巻は映画のラスト。Lは少年に「ニア」と名付けるのだが、原作「デスノート」を読破している自分は驚愕。ニ、ニアってタイ人だったのか…。突っ込みどころ満載のこの映画、最高です。今までタイでは映画「王様と私」やそのリメイク「アンナと王様」、無実の罪を被せられバンコクで投獄されたアメリカ女子大生を描いた「ブロークダウン・パレス」等の映画メディアが上映禁止処分を食らっている。この映画がならなかったのは不思議っ、…つうか全面協力してもらってるみたいだし。微笑みの国の思考回路はよく判らん。

ビルマの幻想、ミャンマーの幻惑

ビルマ軍事政権は自らを‘ミャンマー’と改称。自分は‘ホーチミン’と‘サイゴン’をごっちゃにしたり、‘コルカタ’を‘カルカッタ’と書いたり割と無頓着だが、‘ミャンマー’には違和感。だから昔通り‘ビルマ’と呼んでいる。今までこの国に3回訪問しているが、うち2回は陸路1日入国。'07年5月にもミャワディーに行った。ビルマ人は穏やかでいい人が多いが、この国の政府には問題がある。デモ鎮圧の中で日本人ジャーナリストが射殺されるという事件が起きたが、その場所は自分にとって思い出の多い所だ。ショックだった。彼の死を悼みつつ、以前の文章を大幅に加筆・改訂してUPする。以下、当時の日記をベースに抜粋。

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写真左より首都ラングーンのスーレー・パゴダ、日本人カメラマンが撃たれた場所だ。/シュエターリャウン・パゴダの巨大寝釈迦像。/インレー湖にて、舟を漕ぐ女性

≪2000年春、バンコクの旅行代理店でビーマン・バングラデシュ航空片道券を購入してラングーンに飛ぶ。陸路でタイから国境を越える事も可能だが、その場合は行動範囲が限定される。そして再び同じ入国地点に戻らなければならない。つまり、ビルマを何日もかけて縦横無尽に回ろうと思うなら、空路で入国しなければならないのだ。当時は悪名高き強制両替(FEC)があり、それを値切るため空港で30分以上も粘った。軍事政権下にあるこの国だが、人々はやさしかった。訪問したのはソンクラーン(水掛祭り)明け、うだるように暑かった。スーレー・パゴダ近くの屋台で飲んださとうきびジュースが忘れられない。≫

ラングーンで数日過ごした後、近郊の町バゴーへ向かう。シュエターリャウン・パゴダの寝釈迦像はその巨大さで強く印象にある。1000年前にモン族によって造られた。全長55メートル、高さ16メートル。バゴーは落ち着いていて懐かしい雰囲気を持っていた。夜は仲間3人で宿の向かいにあった食堂でミャンマー・ビールを飲む。ジョッキ1杯75チャット。ビンでビールを飲むより安い。しかし僕はここで酒の肴に食べただけでは胃が満足しなくて、今度は隣の屋台に入った。ビルマ版焼きそばとぶっかけ飯を注文。屋台のおばさん、とっても笑顔がいいね。言葉はまったく通じないけど、ボディ・ランゲージ。彼女は「おまけだ」というジェスチャーをして、焼きナス?を付けてくれた。さすがにお腹いっぱい。≫

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写真左よりインレー湖のイワマにて。インレー湖、葉巻を作る女性。インレー湖のガーペー寺院、飛ぶ猫

≪夜行バスでインレー湖畔の町、ニャウンシェに向う。早朝、シュエニャウン到着。バゴーから15時間の長旅だった。バスは更にタウンジーという町まで行くが、インレー湖に行くためにはここで乗り換えなければならないのだ。バスを降りるとさっそくタクシーの客引きが現れた。インレー湖畔の町、ニャウンシェまでたった11キロなのに1,000チャット(約300円)。他をあたっているとブライト・ホテルの客引きが来ていた。バゴーで飲んでいた時、「インレー湖で泊まったブライト・ホテルはとっても良かったよ」という話を耳にしたのを思い出した。そこで客引きと交渉すると、「無料でニャウンシェまで送ってやろう」。朝食無料、ダブル・ベッドにホット・シャワー、トイレ付の申し分ない所だった。シングル1泊U.S.3ドル。居心地の良いテラスもあり、今回の旅で泊まった宿では最上級クラス。

チェック・インの後、シャワーを浴びて洗濯をする。体調のすぐれない真里子さんは部屋に入るなりすぐに寝てしまったそうだ。テラスで朝飯を食べていると日本人女性が現れた。彼女は2日前からこの宿に泊まっていたが、今日ここを発つ。「宿の近くに美味しいシェイク屋があるんだけど、行かない?」というので、案内してもらう。ニワトリや子犬が戯れるあぜ道を宿から200メートルほど歩いた先に、萱葺きのシェイク屋はあった。その後、宿に戻って部屋で本を読んでいるとノックの音。扉を開けると美穂さんが立っていた。彼女とゲッツさんはリメンバー・インというコテージ宿をシェア。彼らは明後日、インレー湖のボート・トリップに参加するらしい。それで僕らを誘いに来たのであった。≫

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写真左よりニャウンシェの看板。バイクは当時僕が乗っていたXR650Lと同じ'92年発売カラーを模していた。/バガン、幻想的なパゴダ群以上2000年4月撮影

≪ジャンピング・キャットで知られるインレー湖上のガー・ペー寺院。この時は8匹の猫がいたのだが、そのうちの3匹が芸を見せてくれた。しかし、他の猫は暑いのか、それとも一日中こんな訳のわからない事をやらされて疲れているのか、ぐったりと寝そべっていた。これじゃスリーピング・キャットだ…。

インレー湖で数日まったり過ごした後、11時間かけてバガンへ移動。簡易舗装されていて道路は悪くないはずなのだが、バスのサスペンションは完全に終わっていた。ガタゴトと揺れが激しく、エアコンもない。窓を開けると湿った生温い風が僕の顔をなめる。バガンは世界遺産ではないが、アンコール・ワット、ボロブドゥールと並ぶ世界三大仏教遺跡の一つ。約950年から750年前にかけての、バガン王朝時代に建立されたパゴダや寺院が今も2千以上残されている。≫…旅は‘マレーシアの歌姫’記事へと続く。

★タイ・メーサイからビルマ・タチレクに1日入国(2004年)★

偽物タバコ売りがしつこかったが、たおやかな場所だった。当時は日本人長期滞在者に対するタイ政府の対応が今より緩やかだった事から、ビザ・クリアのためメーサイ~タチレク・ルートを使う人が多かった。だからメーサイにはそういった人向けの安宿が目立ったが、現在は日本人にはビザなし入国ができるラオスのほうが人気あるかも知れない。そして僕のようにリーマン・パッカー短期旅行でビザクリ(?)する人間は今も昔も少ないと思う。

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パスポートは四角と三角の紫色スタンプだらけ、それに僕は少々タイ語を話す。タイから国境越えのたびに、イミグレ審査官に「どういう仕事だ?」、「タイの何処に住んでいる?」、「携帯電話は持っているか?」など、いつも頓珍漢な質問を受けている。【写真ミャンマー・タチレク、タイ国境の町にて2004年2月撮影

■3度目のビルマ入国(2007年)■

当初はメーサイ~タチレクのルートで、中国国境に近い町チャイントン(Kyaingtong)に行くつもりだった。しかしタイはチェンマイ、チェンライで長居し過ぎたため、予定を変更。ただ、僕は一度決めた事は時間を掛けてでも実行する性格。そんなに遠くない未来、チャイントーンにも行くに違いない(追記:'08年8月に行った。‘ビルマとタイの桃源郷(前編)’記事参照)。

さて、チェンマイから長距離バスで国境の町メーソードに移動。翌日、ビルマはミャワディーに入った。メーソートのゲストハウス「かめ」(‘タイ古式紀行写真集’記事に写真あり)に傘を置いたまま出掛けたところ、ビルマ入国後どしゃぶりの雨。2時間ほど地元食堂の軒先で雨宿り。

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写真左よりタイ・メーソートよりモエイ川に掛かる橋を歩いて越える。/ビルマ・ミャワディー、国境のイミグレ建物。/ミャワディーの街並を歩いていると、パラパラと雨。ビルマ寺院にて。以上2007年5月撮影

◆ビルマのCD、VCD◆

ビルマ語はさっぱり読めないので、歌手の名前もアルバムのタイトルも分からない。ビルマ語日本語翻訳ソフトがあればいいのだが…。

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画像一番左のCDはオリジナル曲と洋楽カヴァー混在。3曲目はシェール(Cher)&ピーター・セテラ(Peter Cetera)「アフター・オール(After All)」のビルマ語ヴァージョン。オリジナルは1989年、全米ビルボード6位。今のところピーター最後の全米TOP10ヒット。

画像中央のCDでは、Examplezが歌う「Paisen paisen」が印象に残る。歌詞の意味は不明だが、インフレの激しい通貨(チャット)の事を歌っているのだろう。他では3人組アイドル歌手blueberryによるバラード「Min Ta Yout Thae」も、らしからぬキャッチーさが良かった。

カラチの憂鬱(パキスタン)

2000年、パキスタンはトランジットだけのはずが予定外のトラブルで5日間滞在。トラベルの語源を地でいく出来事だった。当時の日記より抜粋。

≪バンコクからアテネ行パキスタン航空機上の人となる。PIAは、Pahaps I'll alive(たぶん着くでしょう)の略だというジョークが有名だが、ちゃんとパキスタン・カラチ国際空港に到着。アテネ行の便は6時間後に出発するので、それまで無料トランジット・ホテルで休憩。ところが空港に戻ると、預けていたパスポートをイミグレ職員が紛失していた。…おいおい!冗談はよしてくれ!刻一刻と出発時間は迫っていたが、イミグレーション職員達の探し方は真剣に見えなかった。最初はおだやかだった僕も、しまいに大騒ぎ。騒いだのには理由がある。トラブルに巻き込まれたら、経験上なるべく人の関心を集めたほうがよいからだ。

案の定、空港職員が集まってきた。結局、飛行機が離陸して10分ほどして見つかる。別の便のトランジット客パスポートの中に紛れ込んでいたのだという。‘パスポート紛失で日本帰国’という最悪の事態は逃れたが、彼らはパスポートを僕に返しつつ「次の便は5日後だ。その時会おう。ノー・プロブラム」。びっくりした僕は「ホワット・ユー・セイ!僕はノー・レスポンシビリティだ」。押し問答が続いた挙げ句、4日間のホテル代と食事代を先方が負担する事で落ち着いた。航空会社職員とイミグレ職員の間では、どちらがその費用を分担するかモメていた。かつて豪州やNZで足止めを食らった時は、何にも言わなくてもホテル代や食事代を負担してくれたが…。まさかパキスタンで、それもカラチに5日間も足止めになるとは夢にも思わなかった。しかしこれも運命。どうせだからカラチを散策してゆっくりしよう、と考え方を変える事にした。≫

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写真4泊したカラチの中級ホテル(2000年)。

≪パキスタン航空の社員が僕の滞在するホテルにコーラや菓子を持って尋ねてきた。現地通貨の持ち合わせがない時、「両替をしたい」と言ったら5ドル相当のルピーをくれた彼である。けっこう大金だ。彼は来るたび「欲しいものはないか?」と聞いて僕に気を使っていた。今回のトラブルで彼は、割を食った側だと思う。

いよいよアテネへと出発する前日夕方、イミグレ職員の一人が現れた。パスポートを間違った場所に保管するという失態を起こした張本人だ。初日も彼は僕の部屋に入るなり出し抜けに「俺達は友達だろ。日本で仕事をしたい。スポンサーになってくれるか?」と言って僕をあきれさせた。今日も「多くのパキスタン人が日本に出稼ぎして儲けている。俺がお前の妹と結婚すれば日本にいられるだろう。どうだ」と言い出した。「日本の経済は悪くなっている。苦労している外国人労働者は多い。それに日本じゃ英語は通じないよ。妹との結婚はインポッシブルだ!」と言うと、「お前がOKなら結婚は問題ないだろう」。…文化の違いはつくづく難しい。不毛な思いがつのるだけだったが、あまり抵抗して明日の便に乗れなくなると困る。何しろ相手はイミグレ職員。そう思った僕は、当り障りなく適当に話を合わせていた。幸い無事に、深夜3時カラチ発アテネ行の便に今度はちゃんと乗る事ができた。飛行機が離陸した時、肩の力が抜けるようにホッとしたものだ。≫…旅は‘ギリシャ(エーゲの旋風)’記事へと続く。

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写真カラチのホテル内部(2000年)。

◇◆◇◆パキスタンの音楽CD◆◇◆◇

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アービダ・パルヴィーン(Abida Parveen)はイスラムの詩歌スーフィヤーナ・カラームの第一人者。インドネシアのダンドゥットのようなリズムにミニマル・ミュージックみたく執拗にメロディが繰り返される‘Ranja ranjha kardi’という曲が印象的。Junaidという男性ボーカル歌手、経歴はよく判らないが、ペプシ・コーラCMソング収録CDというので何となく購入。無国籍ポップだった。他にはJalというロックバンドによる「Ik Din Ayega」も印象に残る。

怪しい日本語字幕付ヒンディー映画DVD

自分はインドと香港映画のファンだ。しかし、レンタルDVDが数多く存在する香港映画はとにかく、インド映画は一部レンタルを行うサイトはあるものの、一般には限られる。だから買う。気が付いたら部屋の中はインド物だらけ(‘インド夜想曲’記事、‘インド式紀行写真集’記事など参照)。で、日本でもインド映画が注目を浴びた時期がある。「ムトゥ 踊るマハラジャ」がヒットした1998年からほんの数年間。…黄金期だった。タミル映画中心だが、国内で幾つかのビデオやDVDリリース。それだけでなく、日本市場をアテにした日本語字幕付海外盤なるものもリリースされた。今では考えられない。

日本で映画上映やDVD等によって最も紹介された俳優は、タミルのスーパースター、ラジニカーント。その次は誰だろう?僕の好きな男優は若くして引退したタミルのナチュラル派、アルヴィンド・スワーミ。ひょっとしてもしや…。シャールクと彼が次点のような気がする(追記:'08年にシャールク主演映画が5本も日本公開!)。アルヴィンドは「ボンベイ」、「ロージャ」、「インディラ」、「ダラパティ 踊るゴッドファーザー」に出演。しかしいくら個人的に好きでも、ヒンディー語圏の大御所アミタブ・バッチャンカーン3兄弟(兄弟ではないが)と肩を並べてしまうのは変な話。それというのも、日本ではヒンディー映画が爆発的にヒットした事はないからだ。

日本国内でDVDリリースされたヒンディー映画がどれだけあるか分からない。自分が所有しているのは「モンスーン・ウェディング」、「アルターフ~復讐の名のもとに」、「ストーミー・ナイト」、「ラガーン」、「ヴィラサット~愛と宿命の決断~」、「ザ・テロリスト~少女戦士マッリ」、「地獄曼荼羅 アシュラ」、「アーリャマーン EPISODE 1 帝国の勇者」、「レッド・マウンテン」、「DON-ドン 過去を消された男(‘屋久猿ゴーズTOコリウッド('08年末編)’記事にて紹介)」、「その名にちなんで(‘屋久猿ゴーズTOコリウッド('09年始編)’記事にて紹介)」の11本だ。他に「グル・ダッド傑作選DVD-BOX」という3本組ボックスもリリースされているが、それでも韓国やタイ映画に比べれば大した数ではない。しかし、日本語字幕が付いた海外盤DVDはそれなりに存在。揃えるには財布と相談する必要あり。原語か英語字幕DVDなら海外サイトで格安購入可能だが、日本語字幕は付加価値がある。海外サイトで安く買って運良く日本語字幕が付いていた事も4~5回あるが、バクチなので保証できない。さて、そんな中から幾つかを紹介しよう。

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◆‘Hum Dil De Chuke Sanam[邦題:ミモラ 心のままに]’。アイシュワリヤー・ラーイ(Aishwarya Rai)、アジャイ・デーヴガン(Ajay Devgan)、サルマン・カーン(Salman Khan)の三角関係を描いたラブ・ストーリー。日本でも一般公開。2枚組国内盤DVDがリリースされていたが、自分が社会復帰して資金力を回復した時には廃盤だった

◆‘Khamoshi The Musical’。ナーナー・パーテーカル(Nana Patekar)、マニーシャ・コイララ(Manisha Koilala)、サルマン・カーン主演。シリアスな感動巨編だが、サルマン・カーンが軽い。ネパール出身のマニーシャ・コイララがスターダムを登る事ができたのは、その家柄と才色兼備故?

◆‘Deewana Mastana’。アニル・カプール(Anil Kapoor)、 ジュヒー・チャウラ(Juhi Chawla)、ゴヴィンダ(Govinda)主演のコメディ。面白く分かりやすいストーリー。ジュヒーの美しさは、アイシュをも凌駕する気がする。いや、どっちも好きだけど…。

◆‘Ghulam’。アーミル・カーン(Aamir Khan)、ラニ・ムケルジー(Rani Mukherjee)主演。インド版ロッキーか?時々アミール・カーンがスタローンに見える。怒りをためてためて一気に爆発!という展開は、ラジニの「バーシャ!踊る夕陽のビッグボス」もそうだったが、往年の高倉健映画に通じるものを感じる

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◆‘Pardes’。シャールク・カーン(Shahrukh Khan)、アムリシュ・プリー(Amrish Puri)、マヒマ・チョウドリー(Mahima Chaudhary)主演。写真4枚のDVDはすべて‘インドの織田裕二’こと シャー・ルク主演。あ、織田裕二の「卒業旅行 ニホンから来ました」はタイ&ラオス好きの全日本人に見て欲しい映画(リリースはVHSビデオのみ)。続編はインド編の予定だったが流れてしまったらしい。さて、以上ここまで紹介したDVDは全て日本人の手によるちゃんとした日本語字幕。故アムリシュ・プリーは、あの「インディー・ジョーンズ 魔宮の伝説」でハリソン・フォードの宿敵モーラ・ラムを演じたインド人。覚えてますか?

◆‘Dilwale Dulhania Le Jayenge[邦題:シャー・ルク・カーンのDDLJラブゲット大作戦]’。シャー・ルク・カーン、カージョール(Kajol)、アムリシュ・プリー、アヌパム・ケール(Anupam Kher)主演。邦題は何かの悪い冗談。機械翻訳のデタラメ日本語字幕。感動のラブ・ストーリーなのに字幕がひどい。邦題と同じく悪い冗談。でもストーリーはちゃんと分かる。見る価値あり。というかイチオシ。ラストのモラ・ラム最高

◆‘Kabhi Khushi Kabhie Gham[邦題:時に喜び、時に悲しみ]’。日本ではマイナー公開。通称K3G。アミタブ・バッチャン(Amitabh Bachchan)、シャールク・カーン、カリーナ・カプール(Kareena Kapoor)、カージョール、リティック・ローシャン(Hrithik Roshan)主演。これも機械翻訳デタラメ日本語字幕。インドでは大ヒット。ガヤトリ・マントラがBGMで使用されるシーンは印象あるが…。

◆‘Kuch Kuch Hota Hai[邦題:何かが起きてる]’。シャールク・カーン、サルマン・カーン、カージョール、ラニ・ムケルジー、アヌパム・ケール主演。通称KKHH、日本語で‘くちほた’。これもデタラメ日本語字幕だけど名作。珍しくサルマン・カーンがカッコいい。アヌパム・ケールは脇役おじさんだが妙に存在感あり。‘Gayatri Mantra(インド)’の記事で紹介した‘Kyaa Kool Hai Hum’でも、‘ガープの世界’のジョン・リスゴーをほうふつとさせる怪演だった。‘アウト・オブ・アフリカ’の記事で触れた「インドカレー屋のテレビ」DVDラスト、「女性と会うな」で踊っていたのも彼だ。

★画像紹介はしなかったが、他にも日本語字幕付海外盤DVDは幾つも存在。‘ISHQ’はアーミル・カーン、アジャイ・デーヴガン、ジュヒー・チャウラ、カージョール主演。日本語字幕良好。この映画が縁でアジャイとカージョールは結婚したらしい。‘Kaho Naa Pyar Hai’は リティック・ローシャンの出世作。デタラメ日本語字幕。珍しくアヌパム・ケールが悪役を演じる。サンジーヴ・クマル(Sanjeev Kumar)主演の‘Angoor’とアイシュワリヤー・ラーイ主演の‘Chokher Bali’は日本語字幕ヒド過ぎ。英語字幕でやっと話の筋がつかめた。なお日本語字幕付ヒンディー映画DVDについては‘屋久猿ゴーズTOコリウッド('09年始編)’記事も参照されたし。

■長野県飯田市の「インド料理 クリシュナ」■

拙ブログで個人的お薦めカレー屋として、地元の名古屋市緑区「フルバリ」を‘ナマステ・ネパール’記事で紹介。長野県桟にある怪しいカレー屋を‘信州(伊那・白馬)ツーリングその2’記事及び‘信州(木曾・蓼科)ツーリングその1’記事にて、更には長野県蓼科湖のインド料理屋「Mela Nataraj」と長野県伊那市にある「印度屋」を‘信州(木曾・蓼科)ツーリングその2’記事で紹介した。

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インド料理 クリシュナ(飯田市駄科1294-2、TEL0265-26-6855)、平岩さんのナチュラル印度料理店。初めて訪問したのは'06年だったかな?百聞は一見にしかず、お勧めのお店です。C/P値も高く、近所にあったなら連日通ってしまいそう。

インド式紀行写真集

今までに紹介したインド映画や音楽はタミル物中心(‘インド夜想曲’、‘Gayatri Mantra(インド)’記事参照)だが、実際に自分が訪れたのは北インド(ヒンディー語圏)ばかり。近いうちに南インド・タミル語圏にも訪れたい【追記:'08~'09年に訪問。‘屋久猿ゴーズTOコリウッド('08年末編)’、‘屋久猿ゴーズTOコリウッド('09年始編)’記事参照】が、ビザを用意しなければならないのがネック。思いつきで行く訳にはいかないのだ。初めてのインドは6ヶ月有効のマルチプル・ビザ2度目のインドもそれを使った3度目はネパール・カトマンドゥのインド大使館で取得。4度目は日本で取った。…当時の日記より抜粋。

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写真左よりデリーのスラム。カトマンドゥと同じく土埃が多かった。/デリーの路上にて。イメージそのままのコブラ使い。/アグラのタージ・マハール廟。黒い廟も建設予定だったが、ムガール帝国財政難により中止。デス・スター新造よりよっぽどマシと思うが(意味不明)

≪バスに5時間ほど揺られてアグラへ向かう。タージマハール廟は観光客が多いせいか住人もすれているらしく、物乞いが激しい。さすが世界の宝物といわれるだけあって、タージ・マハールの美しさに目を見張る。思っていた以上に大きいのにも驚く。1日平均1万人の観光客が訪れるそうだ。その後、アグラ城見学。Rotasiaというインド大学生の集団に声をかけられた。お互いなまった英語で会話。真面目で勤勉な彼らを見ていると、「インドはコンピューター産業のメッカである」という話も頷ける。

インドはつくづくなんでも有りの国だなあ、と思う。排気ガスで煤けた空、4人乗りのスクーター、道端でうんこをしている人、意味もなくたむろしている若者達、道脇に大量に捨てられているゴミとそれを食うブタ、ゴミを漁る子供達、道路を横断する水牛、見せ物のクマ使い、車道を走る人力車や馬車、ロバ車、らくだ車など。キリが出ると視界5mになるのに、それでもぶっとばすバス。あちこちで見かける交通事故。ここでは日本の常識は通用しない。≫

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写真左よりアグラ城にて。息子アウラングゼーブにより幽閉されたシャー・ジャハーン、ここで何を思っただろう?アグラ城で出会ったインドの大学生達。/ムンバイ、フェリー上から見たインド門(右)とタージ・マハール・ホテル(左)

≪ムンバイ港からボートに乗り約1時間。ムンバイ湾に浮かぶ小島、エレファンタ島に到着。山の中腹に石窟寺院がぽっかりと口を開けていた。6世紀頃に造られた、ヒンドゥー教で破壊を司る神であるシヴァ神の像などの壁画彫刻が、数多く彫られていた。石窟寺院から船乗り場までは緩やかな階段が続き、その脇では怪しい土産物屋が犇めいていた。その後ムンバイに戻り、1911年に建てられたというインド門の裏にあるタージマハール・ホテルで昼飯を食べる。見掛けは立派なホテルだが、ビュッフェ形式の昼飯は大して美味しくなかった。≫

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写真左よりムンバイよりフェリーで渡ったエレファンタ島、石窟寺院内部のレリーフはアンコール・ワットをほうふつとさせる以上1998年撮影。/ムンバイの辻にあった屋台。ムンバイの洗濯場。スケールの大きさと人の多さに声を失った

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写真左よりムンバイのインド門。近くで食べたアイスクリームは美味しい。インドは乳製品大国以上1999年撮影。/バラナシ、宿仲間とターリーを食す。右手のみで食べるのが基本だが、自分は当時まだスプーン併用。/バラナシ、ガンジス川にて早朝沐浴を見学

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写真左よりバラナシ、凧揚げの日。プスカルGH屋上にて着飾った子供。/プスカルGH屋上にて。僕とゴパール、子供達。ゴパール氏と僕が同じ歳と知って奥さん驚くが、それは顔のでかさか?プスカルGHの家族達。ゴパール氏に「子供一人、日本に連れて行っていいよ」と言われ、真に受ける(オイオイ!)。インドの子供、可愛過ぎっ。

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写真左よりバラナシ、映画館で「ABHAY」を観る。館内の盛り上がりに、‘これが噂のマサラ・システムか!’と感動。/バラナシ、ガンジス川のほとりにて。/バラナシの夜、ガンジス川のガートにて。治安は決して良くない場所と聞くが、妙に癒される雰囲気だった。

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写真左よりバラナシ、リキシャで駅へ向かう。カルカッタ行列車は8時間遅れで深夜2時に現れた。/カルカッタ、ビクトリア記念堂。近くにはプラネタリウムがあり、迷わず入館。/カルカッタ、マザーテレサの家。見学だけのつもりで行ったのにボランティア以上2002年撮影

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★バラナシはカセットテープ屋が多く、CDショップを見かける事はなかった。流石にカルカッタには大型CDショップがあり、ヒンディー物を何枚か購入。写真はA.R.Rahmanのヒンディー映画音楽コレクションCDと‘U & I~Koi Shehari Babu’というリミックス物CD。なぜかタミル物のテープも売られていたので、それにも手を出す。しかし現在、僕の部屋にはカセットとLPの再生装置はない。部屋はせまいのにソフトが多過ぎて、ハードを手放すという本末転倒。なお、ヒンディー映画については‘怪しい日本語字幕付ヒンディー映画DVD’記事などでも触れた。

Gayatri Mantra(インド)

ガヤトリ・マントラ(Gayatri mantra)はサンスクリット語(梵語)のマントラ。数々のヴァージョンがあるが、ここではAnuradha & Kavita Paudwalが歌うものを取り上げる。Anuradha Paudwalはヒンディー映画「ボンベイTOナゴヤ(通称ぼんなご)」挿入歌‘Aise Baji Tumari Payal’や‘Chor Ke Sara Jahan’などを歌った事で知られるプレイバックシンガー(‘インド夜想曲’記事参照)。

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オーム/ブール/ブワッ/スウァハ、タット/サヴィトゥール/ワレーニャム、バルゴー/デーヴァッシャ/ディーマヒ、ディヨー/ヨー/ナ/プラチョーダヤート’という台詞を独特のメロディーに乗せ、音楽CDは延々57分繰り返す。アンビエントというかミニマル・ミュージックというのか、不思議な魅力で最後まで飽きさせない。他にも映像付VCDやDVDがリリースされているが、どちらも短縮ヴァージョン。DVDはGayatri mantra(30分)、Om Namah Shivay(47分)、Mahamrityunjay Mantra(30分)の3曲収録。VCDは以下12曲。1、Gayatri Mantra/2、Gayatri Ke Maha Mantra Se/3、Gayatri Chalisa/4、Ai Jai Maa Gayatri/5、Gayatri Mahima/6、Gayatri Ke Maha Mantra Se/7、Aarti Gayatri Ki/8、Hey Aadi Shakti Maa/9、Bhole Tum Bin/10、Aasutosh Shashank/11、Mere Swami Antaryaami/12、Om Har - Har Mahadev

▲なお、‘タージ・マハールとマサラ・グッズ’記事、‘インド式紀行写真集’記事、‘怪しい日本語字幕付ヒンディー映画DVD’記事、‘屋久猿ゴーズTOコリウッド('08年末編)’記事でもインドについて書いた。

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ステッカーを集めるのが趣味で、バイクに貼るためストックを大量に持っている。インド物、それもガヤトリ・マントラにちなむものや神様ステッカーが多い。

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◆‘Hits of Aishwarya Rai’はタイ・バンコクのインド人街で購入したカラオケVCD。タイではカラオケVCDなんて珍しくもなんともないが、インド映画音楽シーンのカラオケ物はレアと思う。収録曲は以下全13曲。( )内は使用された映画タイトル。1、Yeh Sama Yeh Nazare(Dhai Akshar Prem Ke)/2、Mera Dil Tera Diwana(Aa Ab Laut Chalen)/3、Chand Chupa(Hum Dil De Chuke Sanam)/4、Ishq Binaa(Taal)/5、Kaho To Zara Choom(Albela)/6、Do Lafzon(Dhai Akshar Prem Ke)/7、Aa Ab Laut Chalen(Aa Ab Laut Chalen)/8、Kahin Aag Lage(Taal)/9、Yeh Kaisi Mulaqaat(Aa Ab Laut Chalen)/10、Dharti Se Ambar Se(Jeans)/11、Shukriya(Hamara Dil Aapke Paas Hai)/12、Taal Se Taal(Taal)/13、Kya Masti Kya Jaadoo(Albela)

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●‘Best of A.R.Rahman’は彼が作曲したヒンディー映画「Taal」、「Rangeela」、「Nayak」、「Hindustani」、「Roja」、「Jeans」などのミュージカル・シーンを集めたDVD。編集がやや雑で映像は粗い。タイのインド人街でわりと簡単に入手できる。

●‘Top 50 A.R.Rahman’はタミル映画「Roja」、「Duet」、「En Swasa Katrae」、「Karuthamma」、「Kizhakku Cheemayile」、「Pavithra」、「May Madham」、「Iruvar」、「Indra」、「Love Birds」などの音楽シーン集DVD。モノラル音声中心。

●‘Digital Hits of A.R.Rahman’も同じくタミル映画「En Swasa Katrea」、「Sangamam」、「Rhythm」、「Roja」などのミュージカル集DVD。トリミング映像を多用しているが画質と音質が良い。ステレオ音声。

●‘40 Greatest hits of Unnikrishnan’はタミル映画で活躍するプレイバックシンガー、ウンニクリシュナンのベストDVD。透き通るようなハイトーン・ボイスが彼の持ち味「En Swasa Katre」、「Sangamam」、「Jeans」など、タミル映画のミュージカル・シーンを40曲。

ヒンディー映画「Kyaa Kool Hai Hum(2005)」DVD。英語字幕有のコメディー映画。イシャー・コーッピカル/Ishaa(Isha) Koppikar(Kopikar、Gopikar)が出演していればとりあえず購入。イシャ・コッピカル出演の映画は当たり外れが激しいが、これは当たり。短気な婦人警官役。

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★‘神秘の国インド’DVDは映画「2001年宇宙の旅」原作者・故アーサー・C・クラークがナビゲートするTVドキュメンタリー「Mysterious Universe」シリーズの1本。廉価DVDだが、もちろん正規盤。

季刊「旅行人」2006年冬号は「ディープ・サウス・インディア」と題した南インドの特集。日本でデリー、アグラ、ムンバイ、カルカッタといった北インドを題材にした本は多い。しかし南インドはというと、ゴアを除けば非常に少ない。貴重な資料価値。

「旅行人」2008年上期号はインド最西部グジャラートの特集。現在は年2回発行というペースをとっている「旅行人」、取り扱っている書店は少ないがネットで簡単に入手可。

★お約束の‘地球の歩き方’、インド編。優れた旅ガイド本だと思う。詳しくは拙ブログ‘旅ガイド本を考えてみる’記事も参照して頂きたい。

ロンリープラネットの自由旅行ガイド「インド」。日本語版は'04年に初めてリリースされたが、'08年10月に改定第2版。原書(英語)を読むと3ページで眠くなってしまう僕のような人間には、日本語版は非常にありがたい。

タージ・マハールとマサラ・グッズ

ブログの第1回目、イギリス‘ホルスト 組曲「惑星」’の項で触れたように、昔からタージ・マハルに執着している。関連グッズもたくさん部屋に…。前世はインド人か?

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日本で紹介された数少ないインド関連本を‘極私的映画40選’、‘屋久猿ゴーズTOコリウッド('08年末編)’に掲載した。それ以外を以下に…。■「地球の歩き方 プラス・ワン 見て読んで旅するインド」は'03年刊行。インド芸能文化案内本としては比較的新しい。■「インド がやがや通信(インド通信編集部)」は'94年刊行。■「インドへ行こう(長谷川まり子)」は'96年に単行本が出版され、'02年に文庫化。■「カルカッタ大真珠[パラゴン]ホテル(谷恒生)」は'84年に単行本、 '90年に文庫本が出版されたが現在は入手困難。「バンコク楽宮ホテル」と並ぶ、アジア小説の傑作。

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★唐突に極私的インド音楽BEST30発表★

Aahista(Asha Bhosle)…アルバム「Asha('05)」収録。オリジナルはJagjit & Chitra Singh夫妻が歌ったラーガ。/Aise baji tumari payal(Anuradha Paudwal & Udit Narayan)…ヒンディー映画「ボンベイtoナゴヤ('93)」挿入曲。/Chaska mera chaska(Sunidhi & Kunal)…ヒンディー映画「Kyaa Kool Hai Hum('05)」収録曲。/Cheete ki chaal(Nandini)…タミル映画「Abhay('01)」収録。/Chori chori chupke chupke(Babul Supriyo & Alka Yagnik)…同名タイトルのヒンディ-映画('01)挿入歌。/Dhadhak dhadhak(Udit Narayan & Sunidhi Chauhan)…映画「Bunty aur Babli('05)」冒頭を飾る名曲。/Ek pardesi(Sophie)…アルバム「Baby Love('04)」収録。/Gayatri mantra(Anuradha & Kavita Paudwal)…サンスクリット語で歌われる宗教歌。/Ishq bina kya jeena(Anuradha, Sonu & Sujatha)…ヒンディー映画「リズム[Taal]('99)」収録。/Kajra re(Alisha Chinoy)…ヒンディー映画「Bunty aur Babli('05)」挿入曲。/Kanave kalaiyathe(Unnikrishnan & Chitra)…タミル映画「Kannathirae Thondrinaal('98)」収録。/Kannamuchi(Chitra)…タミル映画「Kandukondain Kandukondain('00)」収録曲。/Karakara(Sathana Sargam)…A.R.Rahman作。タミル映画「Rhythm('00)」収録。/Khallas(Asha & Sudesh Bhosle)…ヒンディー映画「Company('02)」にてIsha Koppikarが踊る。/Manase manase(Unnikrishnan & Chitra)…タミル映画「Nenjinile('99年)」収録。VijayとIsha Koppikar主演。/Nathiyeh(Unnimenon)…映画「Rhythm('00)」冒頭、Hogenakal Fallsを背景にArjunが踊る。/Nilavae, nilavae(Anuradha Sriram & Vijay)…作曲Vidyasagar。タミル映画「Nilavae Vaa('99)」収録。/Oru thuli(M.G.Sreekumar)…タミル映画「En Swasa Kaatrea('99)」挿入歌。/Oruvan Oruvan Mudhalali(S.P.Balasubramaniam)…タミル映画「ムトゥ 踊るマハラジャ[Muthu]('95)」オープニング曲。/Poovukkul(Unnikrishnan & Sujatha)…タミル映画「ジーンズ 世界は2人のために[Jeans]('98)」収録曲。/Qayamat qayamat(Sonu Nigam & Hema Sardesai)…ヒンディー映画「Qayamat('03)」挿入曲。/Ramma chilakamma(Prasanna & Muralidhar)…Chiranjeevi主演のテルグ映画「バブーをさがせ!('98)」収録曲。/Saajanji ghar aaye(Udit, Alka & Kavita)…ヒンディー映画「Kuch Kuch Hota Hai('98)」挿入歌。/Sayonara sayonara(Lata hitting)…ヒンディー映画「Love in Tokyo('66)」収録。/Sowkkiyamma(Nithyashree)…タミル映画「Sangamam('99)」挿入曲。/Suthi suthi(S.P.Balasubramaniam & Harini)…作曲A.R.ラフマーン。タミル映画「パダヤッパ[Padayappa]('99)」収録。/Thirakatha(Unnikrishnan & Chithra)…タミル映画「En Swasa Kaatrea('99)」収録の名曲。作曲A.R.Rahman。/Tujhe dekha(Kumar Sanu & Lata Mangeshkar)…ヒンディー映画「シャー・ルク・カーンのDDLJラブゲット大作戦('95)」挿入曲。/Varaaga nathi(Shankar Mahadevan)…タミル映画「Sangamam('99)」収録。作曲A.R.Rahman。/Yamaha nagari(Namathu Nagaram)…テルグ映画「バブーをさがせ!('98)」収録。タミル語タイトルは‘Calcutta’。

▼'05年夏、東ハトから「ガラムマサラ」というスナックが発売。イラスト肖像画はタミルのスーパースター、ラジニカーントミーナ!このお菓子、あまり売れなかったのか4ヵ月後にはディスカウンターで1個20円の投売り。150個も買ってしまった…。まだ数袋未開封で残っているが、賞味期限を考えると開封するのが恐ろしい…。

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▼日本の伝統的カレーも好きだが、本格的インド物やタイ・カレーも美味しい。僕は月2~3回ペースで本格的インド料理屋カレーを食べているけれど、たまには家でも食べたい。レトルトで好きなのはインドMTR社製カレー。このメーカーは肉類を一切使わないベジタリアン・カレーだが、インド系マニアにはかなりイケルと思う。自分は特にオクラ・カレー(ビンディ・マサラ)が好きだが、以下の写真「ほうれん草とカッテージチーズカレー」もお薦め。タイ・カレーのレトルトなら、日本のメーカーだがヤマモリ製はレベルが高いと思う。地元の屋台で食べる味より落ちるのは仕方ないとしても、タイで売られているどんなレトルトのタイ・カレーより美味しいと、自分は感じている。

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インド夜想曲

今回は南インドはタミル圏や北インドのヒンディー映画について紹介。他にも‘怪しい日本語字幕付ヒンディー映画DVD’記事や、インドを旅した時の記録については‘インド式紀行写真集’記事などに書いた。

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インド国内で唯一見たことがある(追記:唯一ではなくなった)映画「ABHAY('01)」DVD。タミル映画だが、バラナシで見たのでヒンディー語吹き替え。主演は一人二役のカマル・ハッサン(Kamal Haasan)、ラビーナ・タンドン(Raveena Tandon)。ミュージカル・シーン‘Cheete ki chaal’ではマニーシャ・コイララ(Manisha Koirala)も出演。以前に持っていた別の会社からリリースされていたDVDは、画質、音質共に良好だったものの途中までしか再生できず。こちらは再生不良は無いがクオリティは低い。3枚組VCDよりマシだが…。

▲タミル語圏のスーパースター、ラジニカーント主演「アンナマライ(Annamalai)踊る牛乳配達('92)」DVD。インド製日本語字幕付DVDが売られていた事もあるが、僕が持っているのは英語字幕のみ。ラジニカーント若いっ!「水戸黄門」や「遠山の金さん」などといった日本の時代劇が好きな人なら、50%の確率でラジニ映画はハマると思う。

「踊る!スーパースター ラジニカーント DVD-BOX」…「チャンドラムキ 踊る!アメリカ帰りのゴーストバスター」、「ヴィーラ 踊るONE MORE NIGHT!」、「ダルマドゥライ」映画本編と「チャンドラムキ」特典DVDの合計4枚組。久しぶりのインド映画日本盤DVDとして、'07年5月発売。「チャンドラムキ」はゴージャスなホラー映画ですね。画質、音質クオリティ共に最高。なお、ラジニカーントの'07年作「Sivaji the boss」については‘マレー半島縦断の旅(前編)’記事にインフォメーションあり。

「SUPER★STAR RAJINIKANTH COLLECTOR’S DVD-BOX」…「アルナーチャラム 踊るスーパースター」、「バダヤッパ いつでも俺はマジだぜ!」、「バーシャ 踊る夕陽のビッグボス」、「ダラパティ 踊るゴットファーザー」の4枚組。同じく'07年5月にリリースされた国内盤。スキャンした裏ジャケは「スター・ウォーズ ジェダイの復讐(帰還)」チック。4本とも出来の良い映画なのでマニアにお勧め。いや、マニアでなくとも普通のインド映画ファンなら一家に1つは常備してもらいたいボックス・セット。

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▲テルグ映画「バブーを探せ!('99)」のタミル語吹き替えVCD「Calcutta」。主役のチランジーヴィ(Chiranjeevi)はアクの強い親父顔、小太りなのにカッコいい。ヒロインのサウンダリヤ(Soundarya)は「パダヤッパ」でも知られるが、'04年に飛行機事故で夭逝。冒頭のミュージカル・シーン‘Yamaha Nagari’や映画中盤で使用される‘Ramma Chilakamma’が素晴らしい。ヒンディー映画はインド庶民の生活感をほとんど漂わせないゴージャス系が多いが、タミル映画は僕ら日本人的感覚でいうインドらしさを垣間見せてくれる。だから日本ではヒンディー映画でなくタミル映画が当たったのかも知れない。そういう意味ではテルグ映画はこてこての庶民味100%。ミュージカル・シーンに貧民出てきちゃう泥臭さが、チランジーヴィ映画の醍醐味。

▲ヒンディー映画「Bunty aur Babli」('05)」DVD。‘極私的映画40選’記事にも選出した傑作。冒頭の‘Dhadhak Dhadhak’から快調に飛ばす。ミュージカル・シーン‘Kajra re’でAishwarya Raiがゲスト出演。主役を演じたAbhishek Bachchanと結婚する以前の映画。犯罪コメディー映画だが、映画後半で犯罪者である主人公2人が改心して正義の側にまわるところがインドっぽくもある。

▲ヒンディー映画「Love in Japan('06)」DVD。名古屋とその近郊が舞台。愛知県安城市のインド料理店が出資&監督。この店、食べに行きました。自宅から近いし。主人公の一人がウェイターやってました。名古屋は大須を背景に踊るYukta Mookheyは'99年ミスユニバース。ミュージカル・シーンは面白いが、ストーリーは水準以下かも。室内ロケが多く話がだれる、…のだがどうしても評価は甘くなってしまう。できれば今後も愛知県を舞台にしたインド映画を作ってもらいたいから…(自分のブログで絶賛しようとボロクソに書こうと社会的影響は皆無だが)。

▲インド映画ではないけれど「マザー・テレサ」。名古屋・栄は名演小劇場で公開されて見に行ったが、その後、3時間ヴァージョンが見たくて国内盤2枚組DVDも買ってしまった。老いたけれど、オリビア・ハッセーは相変わらずお美しい。旦那さんが日本人歌手だった時もあるんですね。当時、子供心に「やるじゃん、日本男児!」と思った記憶がある。

★A.R.Rahmanが作曲したタミル語映画CD&DVDコレクション★

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「ムトゥ 踊るマハラジャ」国内盤DVD。後にトールケースで再販されたが現在廃盤。とりあえずインド映画の基本形。絢爛豪華な踊りと荒唐無稽なストーリーに最初は度肝を抜かれるが、話が収斂されていく様は見事。伏線の張り方、哲学的に深いエピソード、どんでん返し。人によっては独特のインド映画文法に辟易するかも知れないが、アジア物が好きな全ての日本人映画ファンに見てもらいたい傑作映画。見終わった暁には必ず何かを得られる。

「パダヤッパ」音楽CD。‘Suthi suthi’が秀逸、泣けます。ヒロインを演じたサウンダリヤが既にこの世にいない事を思うとなお更。映画自体の水準は「ムトゥ 踊るマハラジャ」ほどではないが「ヤジャマン 踊るパラダイス」より数倍良い。日本でインド映画ブーム作りに失敗してしまった原因は、「ムトゥ」のヒットの直後に「ヤジャマン」を引っ張り出してしまった事ではないか?と僕は思っている。まあ、今更何とでも言えるが…。

「ジーンズ 世界は2人のために」国内盤DVD。ミュージカル・シーン‘Poovukkul’(ヒンディー語タイトル‘Dharti se ambar se’)を見るだけでも10万円分の価値がある(本当か?)。CG使いまくり映画。そうそう、最初この映画はヒンディー映画だと思っていた。映画制作にアメリカ資本が投下され、らしくないからかも知れない。この頃のアイシュって演技が硬いが、意外にもコメディーO.K.だ。

「En Swasa Kaatrea」音楽CD。UnnikrishnanとChithraのデュエット‘Thirakkaatha Kaattukulle’があまりにも素晴らしくて言葉にならない。あの世に持っていきたい名曲。他の楽曲もいい。インド映画のサントラとして個人的ナンバル1に挙げたい。拙ブログのトップページにもジャケット写真が飾られている。Isha(Ishaa) Gopikar(Koppikar、Kopikar)出演第2作。生きてて良かった。

▲ベストCD「Introducing A.R.Rahman」。彼の絶頂期におけるタミル語映画の曲ばかりを集めた2枚組、選曲が良い。家宝である。国内盤はリリースされていないが、国内大手CD販売サイトで簡単にゲットできるので、悪い事は言わないからすぐにポチって下さい。

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「En Swasa Kaatrea」DVD。後にヒンディー映画でブレイクするIsha(Ishaa) Gopikar(Koppikar、Kopikar)がヒロインを演じた。アルヴィンド・スワーミの体型は「ボンベイ」の時に比べ2割増量と大変お得。出だしは「ミッション・インポッシブル」のパクリだが、ラスト・シーンに唖然とする。‘Thirakkaadha’他、6つのミュージカル・シーンがいずれも素晴らしいだけに、本編のトンデモ度が浮いている。惜しい(追記:‘屋久猿ゴーズTOコリウッド('08年末編)’記事にて新盤DVD紹介)。

「Sangamam」DVD。RaghumanとVindhiya主演。白昼夢のような映像とA.R.Rahmanの古典的な美しいメロディ‘Varaaga nathi’、‘Sowkkiyamma’に頭がクラクラ。但し英語字幕がないので、ところどころストーリーがよく分からない。

「Kandukondain Kandukondain」DVD。Chitraが歌う‘Kannamuchi’でのアイシュワリヤ・ラーイの踊りは、この世のものではない気がする。あの人とこの人がこうなって、その人とあの人がこうなって…。え~っ、それはびっくり!予定調和しない面白い映画。

「Rhythm」DVD。インド盤だが日本語字幕付。映画冒頭で「En Swasa Kaatrea」でもロケに使われたホゲナカル滝(Hogenakkal Falls)を背景にアルジュン(Arjun)が踊る‘Nathiyeh ’がたまりませぬ。ヒロインは「ムトゥ」のミーナ(Meena)、‘Karakara’でのゴージャスな踊りとモーツァルトを思わせるようなメロディも秀逸。

「ボンベイ(Bombay)」DVD。これも日本語字幕付インド盤。「ダラパティ」「En Swasa Kaatrea」のアルヴィンド・スワーミ(Arvind Swamy)代表作。彼の素朴な演技がいい感じ、話はヘヴィだけど。監督は巨匠マニラトナム(Mani Ratnam)。

★映画「ボンベイtoナゴヤ(Aye Meri Bekhudi-1993)」★

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◆通称ぼんなご、今となってはカルト映画。日本語字幕付ビデオの入手は難しいと思う(国内DVD未発売)。中古を見つけたら即ゲットだ。‘Aise Baji Tumari Payal’や‘Chor Ke Sara Jahan’を歌った女性プレイバックシンガーAnuradha Paudwalは、タイのインド人街でも多く売られている‘Gayatri Mantra(インド)’を歌うその人である。チャンチャル・クマールとプリヤンカ主演。名古屋を舞台にしたこのヒンディー映画の噂は当時から地元新聞(中日新聞)で紹介されていたので、撮影時の1991年から興味があった。世紀末のインド映画ブームで2000年にようやく公開。名古屋人なら見ておいたほうがいい(しかし繰り返すがビデオ入手困難)。裏話やストーリーについて非常に詳しい日本語サイトがある。

◆類似タイトルのヒンディー映画Bombay to Bangkok('08)」、‘メコン街道:2008 Odyssey Two’記事でも紹介した。英語字幕付DVDがリリースされている。バンコクよりむしろタイの田舎町のシーンが多いが、これがタイ映画ならBGMは間違いなくルークトゥン(タイ演歌)バリバリ。しかしそこはインド映画なのでマサラ風味、違和感ありあり。おまけに唐突にミュージカル・シーンになって…有り得んっ!だが、それがいい。

イサーン田舎町のタイ人でもアミタブ、アイシュを知っているという設定。インドの大手自動車メーカーTATAを名前の由来とするタイ歌手タタ・ヤンは、'04年にヒンディー映画「Dhoom」主題歌を歌うチャンスに恵まれ、タイのカラオケ用ビデオクリップにも名優アミタブ・バッチャンの息子アビシェークが登場。「Bunty aur Babli」('05)」の項で触れたように、アビシェークはインドの国宝級女優アイシュワリヤー・ラーイと'07年に結婚。その辺りの事情を知っていると更に映画が楽しめる。

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ナマステ・ネパール

初めてのネパール1999年11月(‘やーぱいタイランド’記事より続く)。カトマンドゥとポカラに滞在したが、特にのんびりしたポカラは居心地が良かった。当時の日記より抜粋。

≪カトマンドゥ国際空港到着。空港で60日ビザを取る事ができるが、長蛇の列で1時間以上も待たされる。ようやく空港建物を出ると恐ろしい数の宿の客引き。ヒマラヤの山が美しいのでNikon F-801を片手に写真を撮っていると、「宿あるか?」、「写真撮るね」。・・・その間も片言日本語攻撃にさらされた。空港から安宿街タメルまでの間、タクシー運転手はなまりのキツい英語でベラベラとよく話す。風邪で体調の悪い僕は参っていた。ネパール初日の印象・・・うざい国だ!インドは覚悟して行ったが、ネパールに関してはポジティヴな話ばかり聞いていた。インドからネパールへと国境を越えれば確かにホッとするかもしれないが、今回タイから来た僕にはちと辛い。

タメル地区で見つけた宿、「マウント・フジ」の親父はトレッキングの斡旋に余念がなく、ひと休みしたい僕を捕まえて矢継ぎ早に英語でまくしたてる。「バイクで走るって?それよりトレッキングをしたほうがいい。ここに来る人は皆、トレッキングするぞ。」…しつこい。それに盛んに「For You」を連発する。あまりのくどさに僕は「ソー・ホワット!ノット・フォー・ミー!」、そう言って部屋へ戻る。それから何と24時間、僕は部屋で寝込んだ。風邪をこじらせていたようだ。イライラするのも当然であった。≫

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【写真左より】カトマンズ・ダルバール広場。埃っぽい。ポカラ・ペワ湖から見たヒマラヤの山々。マチャプチャレ山が素晴らしい。日本食堂ネパーリ・キッチンとアニール・モモ。安くて美味しい。

≪カトマンドゥ市内を歩く。イスラム建築の寺が池の中にぽっかり浮いているラーニ・ポカリやトリデビ寺院を見学。グリーン・ラインというバス会社にて明朝のポカラ行バスを予約。片道500ルピーと高いが、体調の事もあって我慢した。チケット売り場で朝倉さんという小田原の元OLと知り合う。僕より一日早くネパール入りしていた彼女は、3日後にポカラに行くそうだ。しばらく世間話の後、一緒に夕食を食べる約束をして別れた。カトマンドゥ随一の観光地、ダルバール広場に行く。この広場には観光客や行商人、地元人、参拝客が入り混じりカオス状態。動物の糞やゴミが多く異臭が強い上に、すごい排気ガス。潔癖症の人には5分といられないだろう。

カトマンドゥをレンタル・バイクで走る、という当初のプランは中止にした。道が細く穴ぼこだらけな上に、交通量が多過ぎるのだ。夜、僕の宿に現れた朝倉さんと、ラキシィミ・ナラヤンというレストランで食事。彼女は連日食べに来ているらしい。白人好みの内装と味付けで、僕の注文したテンダーロイン・ステーキは病みあがりには多過ぎる量。これで200ルピー(330円)というからたまらない。食後、ポカラでの再会を約束して朝倉さんと別れる。≫

≪ポカラのレイクサイド「菜の花ロッジ」からダムサイド「ホテル・モナリザ」に宿を移す。ここは洗面所は共同だが部屋は清潔だし、宿の近くにはお気に入りの喫茶店や食堂もある。数日後のカトマンドゥ行のバスを予約した後、いつものように路上観察。自作の笛を売っているおじさんの横に座った。彼は興味深い話をたっぷりと聞かせてくれた。

「ネパール人は貧しい。だから一生懸命に日本語をマスターして金を稼ごうと考える人も多い。でも日本語で声をかけるとかえって警戒される事もある。実は私も以前に少し日本語を習ったがやめた。言葉ではなくて、私には技術が重要だ。」、「もっと日本人やヨーロッパ人と色々な話をしたいネパール人は多い。ナマステとノー・サンキューだけでは寂しいじゃないか。でも観光客は用心深い。ポカラに3日か4日滞在して、トレッキングして去って行く。コミュニケーションがないまま、たくさんの人がポカラに来て去っていくのを私は長い間見てきた。」、「(手彫の竹笛を見せて)この模様を彫るのに8時間かかる。売って150ルピーにしかならない。でも、技術があるから私はまだマシだ。日本人だって技術があるから成功したのだろう?」≫

≪ほこりっぽいポカラの町を抜け、タシリン・チベット村へとRXG100を走らせた。チベット難民を受け入れている村だ。インド系の多いポカラ中心街とは違い、日本人に顔がよく似たチベット人が多く住んでいた。その後、ポカラ空港を脇目に北へ進む。ネパールの道路インフラは非常に悪く、舗装路に亀裂や大きな穴が空いているのは当たり前。牛や力車は飛び出すわ、動物の糞を踏んですべりそうになるわで、慣れない人にはおすすめできない。

オールド・バザールの道はかつては交易路として栄えていた。更に走り、マヘンドラ・ケーブやサランコットの丘に立ち寄る。雲が多く、ヒマラヤ山脈は裾野が見えるだけ。ポカラの北を20キロほど走ると、民家も途切れ途切れになる。水田が美しい。古き日本の農村地帯を思わせる光景に出くわす。日陰に入って休憩していると、地元のネパーリィが「ナマステ」といってニコニコ顔で通り過ぎていく。そよ風が気持ち良く、ボーっとしていると夕方になった。≫

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【写真】エスコートヤマハRXG100によるポカラ・ツーリング。

≪タメル地区のブラジル・ベーカリーで朝飯を食べていると、示し合わせたようにドルフィン・ゲストハウス仲間の佳代さんや山下君も現れた。みんな美味しい店がどこか良く知っている。昼には彼らと別れ、タクシーに乗ってカトマンドゥ国際空港へ。車窓からカトマンドゥの街を見ていたら、何とも名残り惜しい気持ちで胸がつまりそうになった。何時かまた来るよ!

カトマンドゥ国際空港は利用客数に対して設備や人員が追いついていないらしく、チェック・インと出国審査は長蛇の列。離陸時間を45分遅れて搭乗開始。あげくの果てにはコンピュター・ミスで乗客全員の座席リストが消えてしまい、チケットには座席ナンバーがない。「どこに座ればいいの?」とスチュワーデスに聞くと、「お好きな席にどうぞ」。…そんなむちゃくちゃな!機内はツアー日本人団体も目立った。窓側席の予定だったのに早い物勝ちでその席を取られてしまった人達が、猛烈にクルーや添乗員に抗議。しかし、ちゃっかり良い席を確保した僕は、高みの見物を決め込んだ。≫…旅は‘ラオスの歌姫’記事へと続く。

★ネパール再訪★

2001年12月、長居したラオス・タイからカトマンドゥへ飛ぶ。ホリディ・ゲストハウスで連泊した後、バスでポカラへ向かい、年末年始を静かに過ごす。ダムサイドのジャルナ・ゲストハウスに8泊。旧友小野間OO7功一君や1ヶ月前ラオスで知り合った由美さんと再会。'02年1月、カトマンドゥに戻った後インド・ビザを領事館にて取得。ホリーランド・ゲストハウスで知り合ったヒンディー語ペラペラのトキエさんとナガルコットに行きホテル・ギャラクシーに数日滞在した。小さな集落だが居心地が大変良く、毎日憲武珈琲店に通った。店の名前の由来はズバリ、オーナーの顔がとんねるずの木梨憲武さんに似ているから。英語は堪能だが日本語はほとんど出来ない。

1年後にバックパッカー放浪旅にて僕の父が、更にその数年後にはパック・ツアー途中に母と妹が憲武珈琲店を訪問。オーナーは僕の再訪を心待ちにしているらしく、店内の一番目立つ場所に僕の写真が貼ってあったそうだ。ちなみに僕の父はタイで一般民家に長期居候をする位に図太い神経の持ち主。外国で人脈を作るのが得意で、カトマンドゥのホーリーランド・ゲストハウスのオーナーが日本に来て父にコンタクトを取った事もある。それに父宛にしょっちゅうネパール茶の小包やら手紙が届く。一体、ネパールで何をやらかしたんだ?

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【写真左より】カトマンドゥ、ボダナートと子供達。いちおうポーズを取っているつもりらしい。ナガルコットの憲武珈琲店。コーヒー店と言いながら、チャイも飯も美味しい。

さて、ナガルコットから再びカトマンドゥに戻り、トキエさんと高級日本料理店やなぜか韓国料理屋などに連日行った挙句、夜行バスにてインド国境スノウリへと向かった(‘インド式紀行写真集’記事へと続く)。ネパールには又いつか行かなきゃな~。

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【写真左より】ナガルコットよりヒマラヤ山脈を望む。標高6,000~8,000メートル級。朝もやの国境、スノウリ。ゲートを越えるとインド人どっと混む。

☆★☆★ネパールのCD★☆★☆

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木の化粧箱に入ったCD「Sitar Sudha」はBijaya Vaidyaのシタールとバンドによる全曲インストゥルメンタル。この中では‘エターナル・バンド(Eternal bond)’という曲が秀逸。

The Himalayan Lores」はフォークソング集。カトマンドゥの辻でチャイを飲んでいると、どこからともなくストリート・プレイヤーが現れ、このCDにも収録されている‘レッサム・フィリリ(Resham firiri)’を聞かせてくれたものだ。

Tibetan」は厳密にいえばチベット仏教のマントラ集で、当時どこの音楽ショップに行っても‘オム・マニ・ペメ・フム(Om mani padme hum)’が流れていた。つられてこのCDを手にしてしまったのは僕だけではない気がするが、いずれ紹介しようと思う‘ガヤトリ・マントラGayatri Mantra(インド)’に匹敵する美しいマントラだと思う。

他にはAnil Singhが歌う「Ma maya garchhu」のメロディが素晴らしい。タイトルの意味はネパール語で「I love you」。某巨大動画サイトにビデオクリップがあると思う。

■自宅近所のネパール料理屋■

天白区野並にあるカレー屋と同じ名前「フルバリ」、もしや?…と思ったらアタリ!2号店だそうだ。元々はネパール人夫婦が経営する店で、野並の店は僕好みのマニアックな雰囲気。カレーやナン、タンドリー・チキンが美味しくてたまに顔を出した。

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緑区のこちらは普通のインド料理屋という店構え。自分が入店した時は結構混みあっていたので、店員さん達と充分に話をする事ができなかったのが残念。ところで、僕の住む近所には「ロタ」とか「クシュクシュ」などインド料理屋が多いし、自分の家の前をネパール人やインド人(区別つかんけど)が歩いている事がよくある。何とか人脈を作れないだろうか?と思う事しばし。